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■2012年1月4日(水) その2 Vol.1920

今年小学校へ入学する孫のはるしが、 パパの田舎から帰ってきたアオちゃんの家へ泊まりに行く。
正月だっちゅうのにはるしのパパとママから、 重たい相談を深夜2時過ぎまで聞いてやる。 その間に、はるしが怖がっているので 迎えに来てと連絡が入り、 大人が話し合っている傍で 俺のベットで寝てしまう。
「どうもベットの下から手が出るらしい」
話が終わって両親は帰ったが、 ベットの下の合間に寝ているはるしを移動させる。
朝目覚めたはるしが、
「すんごく気持ちよかった」
と俺の部屋で泊まれたことを喜んでいる。
パパの田舎に帰ったアオちゃんは毎日のように、
「ジージのところへ帰りたい」
と言っててくれたらしい。
はるしもどうも、傍に俺がいれば 何にも怖さを感じないらしい。 正月ぐらいのんびり、 ゆったりさせてもらってもいいもんなのに、 まったくそうはさせてもらえない三が日だった。

         雀鬼




いつもいつもお忙しくさせてしまい、すいません!! 自分も小さい頃、暗闇やトイレに感じていた 恐怖感を思い出しました。
(ダッチ)

■2012年1月4日(水) Vol.1919

今日は4日。 道場に様子を見に来るが、 空気間のギャップを感じる。
大晦日はどうにか埼玉まで行って、 6時間ぐらい出たり入ったりしながらも、 メインイベントのヒョードルの 早くて強い本物のパンチを何年振りかに、 リング上の、生で見れた。
試合は何10試合かあったらしいが、 俺にとっちゃヒョードル一人見れれば十分。
昔、日本でプライドが花盛りだった頃、 ヒョードルとも対談した。 最強だった男が、静かに、穏やかに、 微笑みを絶やさず、語ってくれたっけ。 新年を迎えるカウントダウンを待つかのように、 鋭いパンチを2発当てて、KOで相手を倒す。
入場の時に下を向いて泣いているように リングに立ったヒョードルに懐かしさを感じる。 あれほど強い男でも引退するらしい。
ヒョードルの試合を数人で見に行くのかと思っていたら、 20名近い道場生も一緒に行ってくれた。
満員の、新年を迎えた電車に乗って参宮橋に着くと、 駅の改札口で多田達下北勢が多勢待っててくれる。
ゆっくりゆっくり参道を歩いて、 いつも以上に混み合う初詣も どうにか皆んなで済ますことが出来た。
ゆっくりゆっくり歩く俺の後を連なる道場生等を思い、 明治神宮の神殿より、 彼等の存在の現実につくづくとありがたさを感じ、 一人幸せをかみしめていた。



早朝3時の新宿発のロマンスカーに 皆して飛び乗って町田に着くと、 シャボが混ざっている。 どうもシャボは車の中で一夜を越すらしい。
「送ってってよ。」
と、そのままシャボを拉致して、 我が家に泊めてしまう。
シャボの気持ちを考えると悪かったけど、 そうして欲しかった俺がいた。
元日に目を覚ますと、 ノックや緒方に混じって、 シャボで男料理を作ってくれ、 40名位で賑やかな新年会を今年も我が家で迎えられ、
「又感謝!!」
終電まで場を盛り上げてくれた 金村を始めとした下北卒業生も帰って、 残るは町田の6人衆を中心に、 何時もの道場の延長戦の姿があったが、 彼等も帰って、深夜2時を過ぎて俺の座る前で 北村カメラマンのオッチャンや、料理を頑張ったノックと、 息子の嫁さん達が、好む酒を楽しんでいる。
それでもシャボは、 夏の別荘暮らしで可愛がってくれた 孫のはるしと身体を使って遊んでくれ、
「このまんま皆んな泊まっていけよ」
に、シャボは酔っ払いを乗せて送りながら 茨城まで帰っていった。
年末・年始に渡って、 出来るかなーと思っていたことが一つ一つ出来て、 感謝心だけが俺の中に残っていた。

         雀鬼




今年も格闘技・初詣・新年会と 会長、仲間と一緒に過ごさせて頂き、 皆で過ごせるありがたさ、 笑って過ごせるありがたさを感じました。 シャボさんが新年会の後も会長から 「泊まっていけよ」とずっと言われていて、 それをやんわりと断り続けるシャボさんと 会長のやりとりが本当に面白かったです。
(ダッチ)

■2011年12月29日(木) その2 Vol.1918

「ばななさん」と「マンちゃん」と ハワイ在宅の「ちほさん」が来道してくれて、 淋しかった道場に花が咲き、 その上何種類かのケーキを沢山頂いちゃって、 道場は女性中心の忘年会になっていた。
息子さんのマンちゃんも 出足からボクシンググローブをはめて、 道場生達にパンチを入れて、 男の子らしくなっていく姿を見せてくれた。



今川久美子が発起人となって始まった 女衆のパーティーだったが、 俺も十分楽しめました。
今年は道場のX,masパーティーは 卒業式とダブって出来なかったが、 何かばななさんが遅れてやって来た サンタクロースに見えちゃいました。
「ばななさん」本当にこの一年 色々とお気に掛けて下さってありがとうございました。
いちごとみかん、凄く旨かったぁー。 胃が感動してました。

         雀鬼




「はるばるばななさんが町田に来てくださる!!」 と、前からまいあがりぎみでございました。 女子会(おば会?)はじまりは道場に女大集合となり、 PTAの・・・・・とはならず、 「マナカ男への道」から心のこもった「場」がつながり、 ほんとうに楽しいひとときでした。 ばななさん、ありがとうございました。 ケーキおいしかったで〜す。
ばなな担当 町田 今川

■2011年12月29日(木) Vol.1917

卒業式もあれば入学式もあるはずと パゲラがノートに書いていたが、 今ん所そんな予定はねぇんだが、 今日は下北卒業生のしげるが来てくれている。
福島であの大災害をまともに受けたしげる。 あの頃しげるは全ての怒りに包まれていた。 それも当然の事よと見守っていたら 自分から立ち上がって、 いつの間にか下北道場の先頭を走りきっていた。
昔のしげるを知っていた千葉の板倉が、 何もやる気が無いしげるがここまでやるとは、 と昔を思い出して話していた。
パゲラ、新入生が一人だが やって来てくれ良かったね(笑)
福岡から卒業式に駆けつけてくれた坪子夫婦が 日をあけずに帰京している。 このお二方は夫婦であってもママ同士だし(笑) 今川が加わってオバチャンパワーが道場を占める。 先日の最後の取材も精神科医の オバチャン先生だったし(すんません(笑))
大きい声じゃ言えないが、 これからばななさんや他のオバチャン達が 集まってくるらしい。 今年の最後はオバチャンで締める。
こうなったらもう俺の出番は無さそうだから、 家人に変わってもらう他無いかも知れない。
昔は道場生も皆んな若かったし、 俺もギャルに囲まれていたのにね。
何事も、
「変化だネ!!」
来年あたりはどこかの老人クラブの 仲間に入っている姿が想像がつくね。 オムツ当ててゲートボールの選手やってんかもよ。

         雀鬼




今日は全9人集まりました。 男が15人くらいに対して9人・・・ かなり比率が高いです。 今年の終わりで 最初で最後の出来事かも知れません。
(ダッチ)

■2011年12月28日(水) その2 Vol.1916

積み重なった心身の疲労から、 年末を迎えて、道場生の体調も悪そう。
あれほどタフな日々を連続させた強者達も、 ふとした気のゆるみから体調をくずしている。
先頭を走り切った恒は、 コホンコホンと咳をしてマスク姿。
狂犬のような暴れん坊の新屋も 借りてきた猫。
橋本も便所を出たり入ったり。
これじゃ、 若くて元気で明るい道場生から 栄養分を頂けない。
俺に元気をくれ続けている孫のアオトも、 夕刻、パパのふるさとへ行っちまった。
俺も体調は今イチだが、 明日はばななさん一行が来道するらしい。
大晦日も、体調次第で、 さいたまスーパーアリーナまで 総合格闘技のヒョードル戦を観に行くつもり。
その後、体力次第で明治神宮へ初詣。 そして、元旦は、我が家での道場生達と新年会。
なんだ、みんなお遊びかい、の裏で、 ちょこっとゲラの修正の仕事もやんなきゃならない。
全ては予定だが、 やれるかどうかは分かんない。
7日にゃお忙しい羽生先生と、 新宿の紀伊国屋さんでトークショー。
先のことはあんまり考えないようにしてるんだが、 それでも先がある。
出来るかなー 出来ねぇかも・・・・・

         雀鬼




次から次へと、ホント切れ間がありません・・・ 何があるかわかりませんが、 会長はまだこんぐらいは間に合っちゃうでしょうね!
(橋本)

■2011年12月28日(水) Vol.1915

卒業式が終って、 もう四日もたったんだねぇ。
そして、後四日たてば、もう正月だ。
何か日々って、 本のページをめくるように過ぎて行く。

何故か、下北道場のスタッフだった 緒方と熊代が、 町田道場に現れている。
後始末を終えて、 行く当ても無く やって来てるんだろうか。
ならばと、年老いた上に、 ぜんそく持ちの家人が、 誰か家の片付け手伝ってくれる人いるかなー、 の一言を思い出して、 緒方にその役割を頼んじまう。
公私混同かも知れんが、 緒方に何か手伝ってもらって、 我が家の露天風呂風の湯で ひとっ風呂浴びてもらい、 家人の領域である二階の部屋で ぐっすり休んでもらえばいい。
なんて、都合のいいこと考えている。

昨夜も取材を終えて、 道場にたどり着いたら、深夜12時。
それから、所用を片付けたら、午前3時。 タクシーを拾って理絵ちゃんと、 何故か掃除機を持った小鉄も同乗。
彼等を途中で降ろすと、
「かっこいいですねぇ、  それってGIですか?」
とまだまだ若い運転手さんから 声を掛けられる。
「いや、何のことか分かりません」に、
「その皮ジャンですよ。  自分も20代の頃、  無けなしの金を使って、  その皮ジャン買ったことがあるんです」
うーむ、ととまどう。
その後、トップガンとか、 その俺の皮ジャンの話を熱く語られる。
「何んも分からなくて」に
「お客様もその道の通かと思いました」
全然、トムクルーズの映画さえ観ちゃいない。
やっぱ買うんじゃなかった。 と、今さらながら、気づく。
「自分もそのお年になった頃、  着こなせればいと思ってます。  これからも、そのまんま着こなして下さいませ」
で、チップを渡して、下車。
知ってていいこと、 知らない方がいいことが あるんだよなー(笑)

         雀鬼




卒業式から4日、 毎日、下北道場跡をのぞいていますが、 日に日に物が無くなってまして、 昨夜には何にもないガランドウになっていました。
そんなこんなで、 行く当てもなくさまよっておりますので、 奥様、いつでもお呼びくださいませ!!
(緒方)

■2011年12月27日(火) Vol.1914

今年最後の仕事らしきものを、 新宿のハイアットリージェンシーホテルで 七時から四時間ほどこなす。 精神科医の香山リカさんとの対談。
俺の今の精神状態にピッタシあったのかも知れない。
ここんところ俺の精神って確かにおかしかった。 だってねぇ、俺の生命線である下北道場が 25日をもってして区切りとなって、 23年間の存在を閉じた。
卒業をする下北道場生達自らが力を合わせて、 手作りで作ってくれた卒業式。
「下北道場生以外は  ギリギリになって来て下さい。」
とお達しが入っていたが、 俺ぐらい少々早く行ってもいいだろうと 早めに歌ちゃんの車で家を出たが、 やっぱり甘かぁなかった。
渋滞に巻き込まれて、 予定の時間ギリギリに道場に着き、 便所をお借りしようと3階に登ると、 なんと真っ暗、誰一人居ず、 鍵もがっちりかかっている。
「お前は入れないよ」
「とっとと去れ」
「お前には用は無い」
の声がドアの向こうの暗闇から響く。
「当然だぁ」
「そりゃそうだ」
とそのまま階段を駆け降りる。 道場の傍の会場へ。
23年間で何万人もの者達が ちょくちょく寄ってくれた道場。 その何万分の一握りの現在の道場生が、 自分達だけで卒業の場を作って、 待っていてくれた。
「準備だけでもう結構だよ。  もう何もしなくって良いんだよ。」
と思いつつ、その場にいる俺の前で 彼等の卒業式が始まり、進んで、 そして終わる。
不義理な父親の存在がそこにあっただけ。 3時間の手作りの卒業式が終わり、 もしかしたらの二次会の席へ寄せてもらう。 多田と金村に挟まれて、 何でだか幸せ感を感じている。
出来た息子の金村が、
「会長、ちらりと道場へ寄って行きませんか。」
俺の心をお見通し。 雀卓一つ無い、23年間道場生達が、 汗で汚れた道場の真ん中に久らく突っ立っている。
「ここから生まれた雀鬼流」
をしかと味わう。
それから、あれから、何時間下北に囲まれ、 又幸せ感にどっぷりつかる。
下北道場生が笑っている。 なんて愉快な仲間達なんだろうと、 今更ながら眺めている。
大切な子達、我が家の子供より、 彼等の方が雀鬼の子らしい。 そりゃそうだ、子供たちよりも濃い瞬があったんだから、 道場生達こそ本物の雀鬼の子達だったんだと納得。
年老うと縮むらしく、 この間まで180を越えた俺の身長も、 これで半分に縮んでしまう。
明日から変わっちまう。 いや、もうすでに変わってしまっちゃいました。 小っこいねー。

         雀鬼




下北道場の卒業式が終わりました。 僕の中にあるいくつかのランプの内、 一つが完全に消えてしまいました。
いつかは来るんだと覚悟はしていましたが、 無くなるとやはり淋しいものです。 ただ、悲しむよりも会長の元へ集まった仲間と 会長の元で長きに渡り、 学び・楽しみ・笑いあえたことに感謝しなければいけませんね。 下北沢という町にも、ありがとうを言いたいです。
下北は閉まっても、雀鬼流はまだあります。 今後は何を作り出せるのか、何が生まれてくるのか・・・、 まだまだ我々には終わりがありません。 これからも会長の大きな背中を見つめて、 行動していきたいと思っております。
師範  金村尚紀

25日。下北沢道場の卒業式は滞りなく終わり、 舞台は二次会へ。
仲間が集う優しい空間があり、 その流れで最後の道場へ。
そういえば今年はクリスマスパーティーが無かった事を 思い出したように、即興的なノリになり 楽しいひとときを過ごしました。
まるでいつまでも続くかのように…。 また明日、なんて感じで、 会長をお見送りし、各々解散となりました。
これからは下北沢の仲間が 全員で集まるのは難しいですが、 町田の皆さんは今まで通り、 道場を盛り上げてほしいものです。
そして、下北沢道場には、23年間お疲れさまでした。 会長ありがとうございました。
多田和博

■2011年12月24日(土) Vol.1913

午前中に目を覚まし、 何かを静かに静かに待っている。 何かがしたいわけじゃないが、 静かに待っていた。
X´masイブということで、 子供達が孫達を連れて集まってくるが、 孫達にゃ済まないが、 心の入らないプレゼントを一人一人に渡しただけ。
俺の気持はそんなところにはありゃしない。 23年間の終焉が明日に控える。
自室で蛍の光や仰げば尊しを つぶやくように歌っている。
なんもしちゃいないで、 静かに待っているだけ。
てめぇで開いた喜びを てめぇで閉じてしまう。
淋しいのか、悲しいのか、 みんなの顔を浮かべて 嫌悪感が走り、胸が痛む。

下北道場に行くつもりだったが、 身体が言うことをきかず、 ただ静かに待っている。
にぎわう家族に背を向けて 何かを一人待っている。
X´masもこれからという時に、 勝手にしやがれと外へ飛び出て町田道場へ。
下北道場に足が向けず、 山田や金村や多田達の打ち合う下北を感じている。
俺って何やってんだか。 明日を待つしかない。

         雀鬼




下北では、明日へ向けてこれから最後のミーティグを行います。
下北がつくる卒業式。 下北の歴史は終っても、雀鬼流は皆の心の中で絶対に忘れません。
会長明日は会場にてお待ちしております。
(多田)

■2011年12月22日(木)その2 Vol.1912

昨日は我が家に妹が所用で尋ねて来て、 所用はさぁーと済まして リビングの掘りゴタツに座っていたんだが、 妹と家人の話しがどうもつまんねぇんで、 とっとと自室にこもる。
おばちゃん、いや、おばあちゃん2人では、 10分ももたない(笑)
アオちゃんとこ行くぞ!!
てぇことになって、 我が家じゃちっとも動かなかった身体を、 アオちゃんとの遊びならフル回転。 次から次へと男の子の遊びやっちゃ、尻を床につけて、 真央ちゃん並みの3回転半。
大人の中には加わらず、 散々、アオちゃんと遊んで そーと帰ろうとしたんだが、 やっぱアオちゃんが一人でついて来ちまう。
3才の孫なのに、道を知ってるのか、 車が違う方向に行くのを感じて、
「ジージのお家へ行く」
妹を送って、我が家の方向へ向かうと、 分かったのか、ほっとした顔をしている。
それから何時間、 俺の自室で遊んだことだろう。
11時頃になって、 変身もののキャラクターが出て来るDVDを持って来て、
「ジージといっしょにみよう」
明日からの遊びの参与に付き合うが、 10分進んだところで パパとママが帰るってぇことになって、
「ジージといっしょにいる」
と、泣きそうになる涙をこらえている。
「パパいやだ、ジージがいい」
という孫をだっこして外の車へ。
涙をこらえながら必死に強く抱きついてくる孫。
「どうよ!!俺っていい役やってんでしょう(笑)」
こんな役、やりたくったって、 あと数ヶ月しか出来ねぇんだ。

         雀鬼




ん!?
会長とアオちゃんのこの感じが大好きで、 自然とニコニコになっちゃいます。 1度は味わってみたい役ですが、 僕らじゃ色々な意味でかなり遠そうです(笑)
(橋本)

■2011年12月22日(木) Vol.1911

孫を連れて床屋に。
その帰りに 西部劇風のレストランに行きたいってんで、 広いが店内が混み合った店へ。
隣のテーブルでは 小学生ぐらいの子達が10名ぐらい、 ずーとゲームをやっている。
その先のテーブルには、その子達の母親達が、 これ又ずーとおしゃべりしている。
入り口の方では何人かの人が 席が空くのを待っているが、 多分、あの親子達は、 3時間はその席に居たことだろう。
小学生の子連れの母親達の忘年会かも知れないが、 こんな光景でいいんだろうかと思いつつ、 とっとと飯を食って出て来ちまう。
道場にやって来ると、誰も居ない中、 道場にダンボールが山積みされている。
夜逃げの準備をどうもしてるらしい。
年の瀬ですね。

         雀鬼




ですね(笑)
(橋本)


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