Report

>次のレポート [Report Index]


■2006年11月20日(月)その3 Vol.320

志村さんに続いて、安田さん御返答ありがとうございました。 でもさぁー確かに珍しく長文でしたが、内容は99%御自分の事(笑)。 最後に「付け足し」「おまけ」「お義理」で 「会長は会長」「雀鬼は雀鬼」と 投げっぱなしというより、 小学生並みのお答え本当にありがとうーね。 「シンプル・イズ・ザ・ベスト」とは分かっちゃいますが、 貴殿のは全く別次元の在り方であると思いますよ(笑)。
「もういいや」別の話を書こうかな。 昨日は思い出深い三吉さんが用意して下さった牛肉を 志村さん家へおじゃまして、 町田で今や良い型に変化を見せ続けてくれている チャッペと恒ちゃん(沖縄効果)と パンク野郎の歌田とすき焼きと 飛騨古川の「雀鬼流」と名する美酒を味わう。 肉も美味だったが、束の間の楽しい時を 良き仲間と過ごせてありがたかった。
今日はなかなか時間が取れなかった床屋に行く。 前々から気になっていた一人の若者に、 そこでは始めての「手当」をしてあげる。 左腕が四十肩状態で少しも上に上がらないらしい。 俺にとっては、その若者には左腕以外、以上に 他の部分や心に刺さった棘を感じていた。
「分かった、両方痛みを取ってやるよ」
と心に思い行動に移していた。 昨日も遅くまで付き合ってくれていた志村君を待たして 「若者の身体と心の痛みをやわらげ抜き取ってやる」 少しの手当を時と伴に済ます。 1,5cmは違っていた足も普通になり、膝の裏の痛みも取る。 一通り手当が終わって若者は身体と心が楽になった変化を見せる。
「何にも触っちゃいなかったけど腕と肩はどう」
「ありゃりゃ、動きます、痛くも無いです」
「いいんだそれで、それだけでいいんですよ」
人は自分が良くなりたいために、 学問を学んだり心を正そうと宗教に入信したり 健康を取り戻そうとあっちこっちの良いと思うところへ通って 健康オタクやマニア(いやストーカーかな) になっている人々を多く見分ける。
でもさあ、それって良く観察してみると、 やっぱり自分さえ良けりゃという自己的なものや いいとこ取り感覚が見えてしまう。
俺は良いことは自分の事は放って置いてさあー、 他人を少しでも良くしてあげられる「力」じゃねえのかなーと、 今、思っている。 それもさあ、技術とか免許とか資格なんぞに囚われず、 その上、道具一つ無く「素手」一つでね。
「本当に良いものには金はかからない」
という俺の言葉の一つに今、実体験している(笑)。
ありがたいことです。 もったいないことです。
俺にももし、己でも良く分からない力っうか、 能力というものがあるならば、 少しでもお役に立って、 人々が喜びや嬉しさや明るい姿を見れることが ありがたいね。
なんでだろう…。 何なんだか…。
自分でも分かりません(笑)。
      雀鬼




■2006年11月20日(月)その2 Vol.319

志村です。
  会長がお肉屋の三吉さんのことを書かれていましたが、 本当に最後の最後に会長が三吉さんの上等なお肉を買われ、 昨晩、私の自宅ですき焼きパーティをいたしました。 メンツは、会長とわずか61日間で1000打数を打ち終えたチャッペ、 その日の月例会で優勝したイケイケバンバンの恒ちゃんと 「やさしい熊五郎」こと、歌田さんと僕らノミの夫婦でした。 なぜか、食事にはうるさい真木君、理絵ちゃんカップルは欠席。
  会長と僕は、ほぼ毎日のように町田道場で顔を会わせ、 深夜の帰路もご自宅までお送りさせていただいおりますが、 会長が僕の自宅に寄られて食事をされるどころか、 お茶すらも出させていただいたこともないんですよね。 別に邪険にしているとかではないですよ!
  三吉さんのマスターと奥様のやさしい笑顔の写真を拝見し、 一度、お肉やコロッケを食べてみたかったなと思っていたところに、 会長から声をかけていただきラッキーでした。 外は寒かったけど、温かいメンツで温かい鍋を囲んで、 楽しくておいしくて、時が過ぎるのも早かったです。 やっぱ、麻雀やすき焼きの味も、メンツ次第ってやつですね。 会長、三吉さんありがとうございます。
  先日の僕のレポートですが、 あれは会長の問いかけに対しての回答ではありませんよ。 会長のレポートより先に感じたことを書いて送らせていただいたのですが、 タイミングが悪かったみたいですね。
  会長の存在ですか? 会長はですね、人の体を治療すれば「医者」、 本を書けば「文学者」だけど、 格闘家やプロボクサーに技を教えてられるしなぁ…何なんでしょう(笑)。 わかりません! なんて言ったら、「冷たいねぇ」と会長に言われそうです。 やはり、安田さんが書かれているように、 会長は会長なのでしょうか?
  でも、会長の言葉に「心あたたかきは万能なり」とあるように、 会長は、何事も心から入るというのが基本なのだと思います。 だから、体の治療も会長にとって 身近な家族や道場生にしかやられないです。 それを外へ広げていったり、治療費を貰ったりしたら、 会長ではなくなりますよね。 携帯でメールを打たれたり、 毎晩お酒を飲んだくれたりしたら会長ではないですよね。 やはり、強くて楽しいのが会長でしょうね。 結局、答えにはなりませんね(笑)。
        志村政憲


幼い頃の「やさしい熊五郎」歌田さん。

■2006年11月20日(月) Vol.318

会長がVol.316で「耐える」と「頑張る」の違いについて 分かりやすく書かれていました。
「頑張る」は頑張り続ける事で  それなりの効果、成果が上がる事。  「耐える」とは、やってくる困難や試練やトラブルに対して忍ぶ事。  次から次へとやってくる困難をじっと我慢する他無いような事。
ですが、会長にとっては「耐える」と「頑張る」は 分別しやすいのかもしれませんが、 僕のように長いこと嘘やいい加減を積み重ねた者には、 以外に分別しにくいものです(笑)。
何しろ、自分に起こるトラブルや試練が 純粋に「耐えるべき試練」なのか、 はたまた、自分のいい加減さが生んだ「自業自得」か、 思い当たる節があり過ぎて分からないことも多いです(笑)。 で、大抵は「自分で蒔いた種」なんで、
「頑張って当たり前、自分のせいじゃん  耐えるなんて百年早えーよ」
に落ちつきます(笑)。
で、結局、頑張るしかないんだけど、 会長いわく、
「頑張るのにも"正しい頑張り"と"間違った頑張り"がある」
こうなるともう、どう頑張ればいいのか よく分からないけど、とにかく頑張るぞー!と、 明らかに間違った頑張りをして、魔道に突入。 気が付くと自分の頑張りに違和感を持ちながら 耐えたりしちゃいます(笑)。
道場では、間違った頑張りをしていると、 会長をはじめ仲間達が、
「お前、とっても私的」
と、一刀両断にしてくれるため とても軌道修正がしやすいです。 最終的には頑張った結果、
「どれだけみんなの役に立ったか(元気をあげられたか)?」
「どれだけみんなが喜んでくれたか?」

で、自分の頑張れた度合いを教えてもらったりします。 この時、気を付けなきゃいけないのは、 「みんなに誉められたい」みたいな思いが最初にあると、 当然「お前、とっても私的」ってことになります。 とりあえず目の前の事を一生懸命やってみたら、
「結果的にみんなの役にたっていた」
というのがベストですね。 「役に立とう、喜ばれよう」ばかりだと、 点取り虫と同じいやらしさに繋がっちゃいますから。
物事には向き、不向きもあるけれど、 その人なりの一生懸命さがあればいい。 適材適所という奴ですね。 今まで30点が限界の者が50点まで頑張れば、
「いやー、頑張ったな、お前」
って言われるし、 そいつと一緒にやっていた80点取れる奴が70点だったら、
「さぼってんじやねえよ、もうちょっとできるだろ」
と、怒ってもらえます。 雀鬼流の判断は相対的なものじゃないので、 とってもシンプルです。 その分、誤魔化しは利かないし、楽はできませんけど(笑)。 また、ちゃんとした判断を下すには、 下す人もそれ以上にちゃんとしてなければいけないですね。 (会長、ご苦労様ですm(_ _)m)
「一生懸命頑張ったら、結果的にみんなの役に立っていた」という 若い子を見るととっても元気をもらえるし、 自分ももっと頑張ろうって思わせてくれます。 そういう若い子が「なんでそんなに頑張れたか?」というと、 やっぱり「楽しんでいたから」ですね。
どんなに頑張っても、 それが終わった後に辛さや大変しか残ってなかったら、 やっぱり「間違った頑張り」なんでしょうね。
「そんなに辛そうな顔で頑張ってんじやねえよ!」
と、村瀬道場長に怒られ、 どうしていいか分からず村瀬の顔を見て、
「そんな顔で俺を見るなー!」
と、言われている光景を道場では良く見ます(笑)。 僕は村瀬より年上なので、 さずがに村瀬もそういう言い方はせず、
「安田さん…今日は帰った方が…いいんじゃないですか…?」
と、静かにさりげなく一刀両断してくれます(笑)。 そういう時、僕は静かに「耐えて」、 明日から「頑張ろう」と思います。 (明日からじゃなくて、今から頑張れよ…)

PS. 会長にVol.314で、
「こうなっちまうと、俺って何なんだか  分からなくなっちまって来ている。  安田さん、道場生の皆さん、  俺の存在を教えて下さいや」
との問いかけに対して、 家のパソコンが壊れたからという、それっぽい言い訳で 返答せずにいて失礼しました。
まあ、誰に聞いても同じような答えになると思いますが、 会長は「会長」です。 最近あんまり麻雀は打たないけど「雀鬼」です。 病人を治していても雀鬼は雀鬼です。 それ以上は聞かないでください(笑)。
では、失礼しまーす。
        安田潤司




■2006年11月19日(日)その2 Vol.317

やっぱり麻雀は俺の鏡でした。
本日は町田道場の月例会。 今の自分の姿を牌に写してみたら、 赤点、マイナス状態が3つも並んでくれた。
その後、数回打ったが 出て来るものは全てマイナス状態。 まぁこの日、大赤字っていうやつ(笑)。
気分的には、別に苦しくも それほどつらくもないんだが、 淡々と流れるまんま打ってみたら 二回連続して沈んで、 四回戦目にもやっとこさオーラスでちょいと浮いただけ。 どう行動しても、進む道に落とし穴があって落ちちゃってた。 麻雀を打って敗北感を感じたが、 今の俺の姿がそうであるならそれもいい。
別に逃げたり、投げたり、開き直ってもいない。 ただ「お前さんはこうなんだよ」と教えられました。
「牌さんありがとうね」
俺パンクです(笑)。

        雀鬼




 

■2006年11月19日(日) Vol.316

頑張る事と耐える事は微妙に異なる。
今は厳しかったり辛くとも、 頑張ってれば良い事もあったり結びついたりする。 まぁ簡単に言えば、頑張り続ける事で それなりの効果、成果が上がるってぇこと。
「耐える」とは、 やってくる困難や試練やトラブルに対して忍ぶ事。 次から次へとやってくる困難をじっと我慢する他無いような事。 何かの困難に対して、 それが時が経つまでじっと耐えて待つ以外に無い。
「頑張る」は対象があって、 それを解決する為の手段を考えたり行動して、 どうにかその困難を乗り切ったり越えたりするが、 耐えるとは次から次へ押し寄せる荒波を、 自分という巌にすがって一方的な苦しみや困難を受け止める。
今日びの社会、頑張れる人は数々見てとれるが、 昔の人々のような「耐える」生きざまの姿が見れなくなった。 頑張れる大人たちがおっても、耐えられる大人が少ないが為、 子供達も「耐え」を知らない世代になっている。
ということで、俺もそろそろ耐えられなくなったという事で、 弱虫になった俺は頑張る方へ行っちまおうかなって言う話。
耐えているとそのまんまなんだけど、 頑張れば他の道や他の生き様も選択できるもんな。 これがダメ、これってもう無理だから合うことやらしてください、 やってみますっていう事かな。 耐えるは捨て身だろうが、頑張るには逃げ道があるもんな(笑)
志村さん御意見ありがとう。 でもさぁ、「耐える」っててえへんなんだぁ。 たった一名でもお答えがあって嬉しいですよ(笑)

        雀鬼




■2006年11月18日(土) Vol.315

昨日は俺自身困難な中にあったのだが、 安田の奥方がやって来て、 佐々木秀樹の連れも辛そうに痛そうにやって来た。



俺なりの「手当」を自己流にやってあげていたら 競艇選手が同伴でやって来て、 体構えや体運動の仲間に入れて下さい とやって来て、 どういう訳かおまけの竹書房のとも子もやって来て 五時間ぐらい、ああだ、こうだになっちまってさぁ。 人それぞれにやって来る具合の悪さや、 痛みや、壊れを身体と精神に感じ取る。 上部が悪かったり違和感があったり、 真ん中だったり、下部であったりもするし、 全体的だなーと思える人もいる。
明らかに痛そうなのは分かり易いが痛い辛いと 思っている部分じゃないところの悪さが 他の場所に痛さや、辛さを作っている人もいる。 身体の痛みだと思っいたら精神、 神経の歪みだった人もいる。 過去の事故とか怪我を抱え込んでいる人もいる。 人の身体を触っていると色々な事が発見出来たり、 見えてきたりもして面白い(笑) この日はどういう訳か女性陣が 多く集まって来ていたが やっぱ女性の身体は触りにくいものです(笑) 相手が男ならこの手があるのになーと思っても、 女性だと遠慮しちゃったり、 男なら一気に行けるのになーと思える事も 女性には徐々にしか出来ない。 まぁ手間暇が重なったこと(笑) 今日も電話で安田に言われた
「会長ここ久しく麻雀を打っているのを  見たことないですね」
「すいません」
確かに原稿書いたり取材を受けたり、人の身体を いじくっていることばかりで一日が終わっちまう。 この日も多くの人の身体をいじり回って 深夜になっても道場生も神経過敏症(?) 的な沓掛の身体にも「手を当てる」 彼の持つ根っこの悪い部分が上半身に 自ら力を必要以上に入れたせいか青くなって 寒くなってぶるぶる、ぶるぶる震えだして、 それをちょっくら温め直してやったら、 毒気が抜けた後のような様子を見せていた(笑) 改革とかやり直し、取っ替えとかいう感覚を 身体と精神に見て取れる。 まぁねぇ、 どなた様でも少しでも良くなる方向へ 行って下さるのを見るのは嬉しいもんですもんね。 少しでもお役に立てると助かるんですよね、 もちろん「俺がですけどね」(笑) 前文で皆さんに応答したのに 全員にムシさらちゃって悲しいです。
        雀鬼


ととと(^_^;)、全員ムシとありますが、一通だけ町田支部長、 四天王の志村さんから、メールが届いております。 ちょっと問いかけの返答とは違う気もしますが。。。

雀鬼ファンの人からすると、 雀鬼の奥様はさぞかし美人の上、 できた女性なのでしょうと 思われている方が多いと思います。
僕も十数年前まではそのように思っていました。 ところがどっこい、その奥様は、しょっちゅう台風が吹き荒らし、 会長をこれでもかと困らせています。 会長はトラブルを楽しまれてしまう性分なので、 ご自分で選択された道だと言えばそれまでですが、 30年吹き荒れた台風の内容をお聞きすると、 普通の男だったら倒れてしまっていることでしょう。

「30年間、もっちゃってる俺もいけないんだよな。  普通はもたないよな。」
と会長はおっしゃっていましたが、 逆境の中でもジョークっぽく言われる上、 道場生を治療されている会長が凄すぎです。

会長「志村さぁ、俺もう嫌になっちゃったよ。    離婚してもいいか?」 志村「会長ダメです。バツイチの会長なんて、    会長じゃないですよ。一生耐えてください。」 会長「冷たいねぇ。注文が多すぎですよ。」 志村「すいません。」
このような文をHP上に載せてもいいのでしょうか? 会長、もし家出をお考えでしたら、 このノミの夫婦が歓迎いたします。 どうぞお気軽にお寄りください。
        志村

 

■2006年11月17日(金) Vol.314

安田が帰って来ました。 皆さん、御心配かけてすんませんでした(笑)
帰って来た早々、
「さすが安田、やるなー」
というレポートを前回載せてくれた。

風が吹くまま、陽が射すまま、 押され、流されるままにやってきた雀鬼流麻雀。
全ての人々が価値観を置く 政治色と経済色を極力取り外したら、
「どんな麻雀になっちまうんだろう」
と発想して生まれたのが雀鬼流。
そうした思考と行動を大切に打ち始め、歩き出したら、 世間の麻雀が左側なら雀鬼流は右側の方向へ、 どんどんどんどんと離れて行っちまった(笑)
それじゃ世間一般で打つ方々達とは 合わないのは当然のこと(笑) 合うことの方がおかしいってこと(笑) 18年もそんなこたぁやっていたら、 右側どころか、上下だか それさえわからなくなっちまって、 三次元の空間をふわふわ浮いているような感じに、 今やなっちまっている。

気付いた。 確かに道場では牌を扱って麻雀を打っていながら、 今や完全に麻雀ではない(笑)
「麻雀であって麻雀でない」
領域にいるような感じである。
麻雀を打って麻雀でないものを発見したり、 麻雀でないぞと思えることが 多く含まれ、存在している。 これって、好む好まざるは別としても、 凄くおもしろい現象が生まれちまったね。

安田も申す通り、
「麻雀ですよね」 と問われれば
「ハイ」 なんですが、
「麻雀ですか」 と問われても
「いやぁ、違うような気がします」
という方が当てはまるし、実感がある。
性同一障害とは違うんだけどね(笑)

俺なんか 「雀鬼」 という看板を張っていながら、 世間で問われることは90%が麻雀圏外。 たまに、知らない人に麻雀のことはたずねられても、 逆に困ったり、本音のところ違和感を感じてしまうのだから、 まっこと変な感じでございます(笑)
雀鬼という名の麻雀専門家だったはずの俺が、
「麻雀の話は御勘弁の程を」
「つまらん質問しないでよ」
「麻雀のことなんてどうでもいいじゃん」
と思うことの方が多い(笑)
何なんでしょうね(笑) 不思議なことですよね。 雀鬼流は俺にとっては 最も大切な部分であることは間違いないです。 雀鬼流が生き甲斐でもあった。 俺にとっては宝物以上のもの(笑) そのぐらいのことは、 安田さんにだって分かって頂けるものと 自負致しておりやす(笑)
こうなっちまうと、俺って何なんだか 分からなくなっちまって来ている。 安田さん、道場生の皆さん、 俺の存在を教えて下さいや。

安田さんが帰って来たと思ったら、 今度は女房が行方不明(笑) 今回はそれだけの費用を勝手に準備して出たから、 長くなることでしょう(笑) それもこれも全て運命と受け止めますか(笑) 押忍。

        雀鬼




■2006年11月16日(木)その2 Vol.313

「雀鬼流は麻雀じゃない」
と、会長が言った。
先日、フリーの卓に一般の雀荘で打ちなれたお客さんが来ていた。 そのお客さんは雀鬼流のルールで打っているわけじゃないので、 当然、基本動作も知らないから、ものすごく遅い。 第一打に字牌を切るし、ドラもいらないとすぐに切る。 リーチがかかると全力で振り込まないようにし、 高い手か早いテンパイの時だけ前に出てくる。
「俺らからすると気持ち悪いよね、ああいう麻雀。  でも、世間一般から見ればあれが麻雀。  俺らのは麻雀じゃないんだ」
会長は世間一般の麻雀の存在を否定しているわけじゃなく、 単に事実として「雀鬼流は麻雀じゃない」と言った。
「この間、町田で"ああいう麻雀を打とう"ってなって、  振り込んだら罰金っていうのをやったんだけど、  本当に辛かったな(笑)。  なんでこんな手牌で降りなきゃいけないのって、  みんな思ってた。  俺達には打てないよな、ああいう麻雀」
僕は他所の場所で打つ気はまったくないし、 道場が無くなったら、多分麻雀を打たなくなるだろう。 正直、巷の麻雀を見ると、 「あんなの麻雀じゃない」といつも思っていた。
でも、違った。 麻雀じゃないのは僕らの「やっていること」だったらしい(笑)。 いわれてみれば、「まったくそうだな」と思う。
僕はなんとなく嬉しかった。 もう僕らがやっていることが、 麻雀のカテゴリーを出ていたことは知っていたけど、 「雀鬼流は麻雀じゃない」とあえて確認した気がした。
「会長じゃないと言えない言葉ですよね」
と、マネージャーも嬉しそうに言った。
「安田さん、麻雀やってるんですか?」
今までそう聞かれて応えるのがおっくうだった。
「はい。麻雀やってますけど、まあ、なんていうか  普通の麻雀とちょっと違って…」
なんて言う事自体めんどうだし、 言った所で相手に伝わる事なんてまったく期待できない。 っていうか、多分伝わらない。
でも、今度からは違う。
「麻雀はやってません。麻雀じゃないんですよ」
と、答えよう(笑)。
実際に最近は麻雀以外のことを教わる方が多いし、 会長のやられていることは、 何にも誰にもカテゴライズできない。 あ、だから「雀鬼流」か…(笑)。
なぜ、手を遅らせてまで第一打に字牌を切らない麻雀なのか? なぜ、あんなに早く打つ麻雀なのか? 麻雀に流れはあるのでしょうか? どうやったら麻雀が強くなるのでしょうか?
このHPにもそういう質問が来たりするけど、
「麻雀のことは分かりません。  僕ら麻雀をやってないんで」
と、今後はざっくり答えよう。 ただし、「雀鬼流に関しての質問ならお答えできます」って(笑)。
「今までみんなに心構えとか基本動作とか  色々教えてきたけど、  これからは体とか心だけじゃなくて、  もっと違うレベルに向かっていくんだよ」
今までだって十分高いレベルだし、 それすらできていない。 でも、そうおっしゃる会長の言葉は すっと心に入ってきたし、 なによりもドキドキしながら聞いている僕がいた。
いくところまで行こう。 いけるところまで行こう…って。
            安田潤司



■2006年11月16日(木) Vol.312

先代のお爺ちゃんがお婆ちゃんと下北で味を作り出していた、 肉屋の三吉さんが今日で店じまいとなってしまった。



終戦直後、食うものすら無かった時代から、 一個五円のコロッケを目の前で揚げて頂いて食べたものです。 俺にとって一番大切な味は亡くなった母親の味が一番だが、 母親や、今やばらばらになって生活を営む兄弟にとっても、 三吉のコロッケの味は俺の中には母親の味と重なってあった。
下北は俺の生まれたところ。 俺の思い出がつまった場がまた消えてしまう。 俺にとっては寂しい限りだが、二代目も俺よりもかなり高齢。 店を仕切るには骨が折れたことでしょう。 運良く三吉さんのコロッケを昨日頂いていたんだが、 今日は予約が一杯という事で手に入らなかった。
昔から下北を知る者なら、 終わるなら思い出として味わいたいのは当然であろう。 今、自分の中で50数年前の店並を思い出している。 櫛の歯が抜け落ちたように、ほとんどの店は消えてしまっている。 俺の知ってる味わった下北はどこへ行っちまったんだろう。
ここまで書いて居ても立っても居られず、 夕暮の中一人黙って外に出る。 寒い風と冷ための雨が降っている。 三吉さんはとうに店が閉まっていようが、 思い出深い三吉さんに足が向く。 昔のまんまの店がしみ込んで明かりは灯っていたが、 品物は売り切れて何一つ無い。 先代が昭和二年に開店して80年が経ち、 二代目もそのお年になられていた。 懐かしさと思い出が重なって、 二代目御夫婦と久し立ち話が出来たことに幸せを感じる。
二代目からは昔懐かしの
「しょうちゃん」
という言葉が会話の中に出て、嬉しさもふくらむ。 俺にとっては、
「お疲れ様でした」
という他が無い。
冷たい床の上での立ち仕事。 お身体にもさわることでしょう。 三吉さんのコロッケには二度と逢えないが、 最終日に二代目にお逢い出来たことで、 なんか子供心を取り戻したようで、嬉しくなっていた。
江戸の味が無くなり、そして昭和の味さえ消えていくが、 決して忘れることの出来ない人情の味は 俺の心の中に残っている。
長い間まっとうなお仕事をなさって来なさった二代目夫婦の顔は、 仏のようでした。
         雀鬼




 

■2006年11月15日(水) Vol.311

中学生や校長が一週間に三人も自殺した。
世にいじめ問題があると社会的に騒がれている。 人間は誰しも完璧には成れない。 良い感情と悪い感情、誰しもが持って生きている。 嘘をつかなかった事がないように、 意地が悪い部分も何時でも持っている。
「人々は完全で有り得ない故に、完全の姿を装う神を造作した」
神ですら存在したのでなく、 人間が作り上げた知恵であろう。
俺の場合、クラスとか小単位では、 いじめられない立場を力で作っていたが、 一歩子供ながらの遠出をすると、 そこには自分より体が倍もでかい連中が現れて、 プールに入れば数人に水の中に押しつけられたり、 バットや棍棒で追い回された事もあった。
分野や立場によって、いじめたりいじめられたりが 子供の頃には、その当時だって当たり前にあった。
俺が小学校の頃、俺達をいじめまくっていた連中に 自分の背丈が追いついた頃、 俺は俺達より馬鹿でかく、 その上武器まで持っていた鬼のように映っていた連中を 一人一人捕まえちゃ、こっちから 決闘を申し込み全ての借りを返してやった(笑)。
そんな事があったぞ、という事すら 学校の先生も親ですら知らない。
子供の世界の事は、俺の立場は 己という子供自身で通り過ぎ、 解決する以外、方法を知らなかった。 大人になって面と向かって いじめられることは無くなったが、 社会とはある一面、 そこに棲む以上多かれ少なかれ、 権力側からの嫌がらせやいじめを 体制や構図の中で作り出されている。
それすら社会常識の絵に 見え隠れする分野でもある。 社会に生活する大人達ですら、 いじめたり、いじめられたりの狭間の中で生きている。 いじめという存在も水の如し、 上から下へ流れ落ちる事が必然であろう。
その定理を知ってか知らずしてか人は、 向上を求め上へ上へ登って行く。 いじめを無くす事でなく いじめられない立場に向かうが、 人の心の悪心が捨て切れないように、 いじめは重なってついて来る。
家庭にだって教育の現場だって、 社会という仕事場や社会全体を見たって 人の心に悪心が消えぬ事が無いように、 いじめという人間関係は存在する。 それすら自覚出来ない無神経者も存在しようが、 その姿は隠しようがない。
頑張る、耐える、愛情、人を思う行動の中にも 悪心は隠れ棲んでいる。 確実に存在するものが悪い型である以上、 それに対処し闘い切らねばならない。 そのためにも強い肉体と精神力が必要となる。
己自身にも好き嫌いがあるように、 人にやられて良いと思える事も、嫌だと思う事もある。
食品一つ取っても何でも食べれる、 それもあれも好きという人もいれば、偏食もいる。 相手から出された言葉や行為も、 食えるものも、食えないものもある。 中には腐ったものや痛んだの、 毒を盛ったものすら差し出して来る者もいる。
この社会の汚れや人の持つ心の悪が消えない以上、 人間関係から生まれる悪に対して免疫力をつけてないと、 小さな事も大きく感じたり、 被害者意識から逃れられずに倒されてしまう。
人の持つ好き嫌いという選択や 意地悪という感情の根源が消え去る事が無い以上、 自他共にそれを認め、 それを確認する事が必要でもあろう。
俺の心にも嘘が棲み、意地の悪さがあり、 そしていじめも多種多様な型であった事は確実です。 どこかの知識人等が集まって 子供達や学校で起きているいじめ問題を問うているが、 彼等こそ今、現在進行中の己が行っている いじめをしていた体験を話すべきだろう。
私達は立派でお利口さんですから、 いじめられた事も、いじめた事もありません、 なんて言う厚顔面の評論はもう結構ですからね。
「マネージャーや部下をいじめたすぐ後に、  ここにやって来ています」
とか、俺ってどうして大人になっても 回りの人をいじめてんですかねぇとかね。
         雀鬼


志村の体を直す会長


<前のレポート [Report Index]